どくしょのじかん 5

George Hicks を陥れる手口 2


秦郁彦氏は、ジョージ・ヒックスの『性奴隷 従軍慰安婦』の中に、一団の「朝鮮人女性たち」という事実ではないかもしれない記述が混入した原因(詳細は「どくしょのじかん 4」参照)について、次のように記述している。

 つまりヒックスが鈴木著を引用する段階で、「朝鮮人女性たち」が混入したことになるが、ヒックスの序文を読んで思い当たった。序文によると、著者は日本語が読めないので、東京大学の高橋教授に頼んで在日韓国人女性のユミ・リーを紹介してもらい、彼女が日本の運動家たちから資料をあつめ(おそらく英訳もして)送ってくれたとある(2)。

 ヒックスが資料の80%は彼女に依存したと書いているくらいだから、問題の追加部分はヒックスとユミ・リーの受け渡し段階で創作され、そのままクマワスワミ報告書の第24項に転記されてしまったと推定できる。」


(2) George Hicks, "The Comfort Women (Allen & Unwin, Australia, 1995) pp. vi-vii

秦郁彦 『慰安婦と戦場の性』 1999年 新潮選書、266ページ


その部分の原文を引用して、なんちゃって翻訳をしてみた。

I asked Les Oates, a retired senior lecturer in Japanese in Melbourne, Australia who is rarely at a loss on matters Japanese. Of course he knew about the comfort women. As a war veteran he had even seen them in South Asia in 1945.

Since Les and I had already worked together on a couple of books involving Japanese sources on Southeast Asian history, there was no doubt that he could swiftly translate and hammer into shape the most arcane Japanese material. The problem was that, unlike with our other books, we didn't have any sources—in any language. Although there is a huge literature in English on the Pacific War, we could find no mention of it of the comfort women.

I then contacted another old friend, Professor Akira Takahashi of the University of Tokyo. Through him I soon met Ms Yumi Lee, whose family was originally from Korea, but have lived in Japan for three generations. Through her contacts in activist circles she was able to collect practically everything that had been written about the comfort women. She found about 80 per cent of the material (much of it exceedingly obscure) used in the writing of this book. Without Yumi Lee and Les Oates I could never have got started."


私はオーストラリア、メルボルン在住のLes Oates氏に(慰安婦について)尋ねてみた。Oates氏は、今は引退しておられるが、日本語上級講師をしておられ、日本語について困ることはまずないほどの方である。案の定、Oates氏は慰安婦についてご存知であった。元軍人でもあったOates氏は、1945年、南アジアで慰安婦をその目で見ておられたのであった。


Lesと私は、東南アジア史に関する日本語の資料が含まれている本を2冊*1出版していたので、Lesがこのもっとも知られていない日本の素材を迅速に翻訳し、推敲し、仕上げてくれるであろうことは明らかだった。問題は、これまでの2冊とは違って、(慰安婦に関する)資料は、何語でも、何もなかったことだった。太平洋戦争に関する英語文献は膨大にあるにもかかわらず、そこから慰安婦に関する言及を見つけることはできなかった。


そこで、わたしは、旧友の東京大学高橋亨教授に連絡を取った。高橋教授を通じて、まもなくLee Yumiさんと出合うことができた。Leeさんは在日朝鮮韓国三世である。Leeさんは、面識がある運動団体を通じて、慰安婦ついて書いてあるものをほぼ全て集めてくれた。本書の著述に使われた素材(その多くが極めて曖昧なものだった)の80%はLeeさんが見つけたものである。Yumi LeeさんとLes Oates氏がいなければ、わたしには筆を握ることさえできなかっただろう。


(George Hicks "The Comfort Women", 1995 W. W. Norton & Company, Inc., New York, page vi)*2

(強調は引用者による)


著者は日本語が読めない
    ↓
序文を精読(っていってもたった2ページ)しましたが、そんな表現はどこにもありませんでした。
id:zames_maki さんのHatena ianhuグループ掲示板への投稿<慰安婦に関する参考書一覧>によると、

 >性の奴隷従軍慰安婦 ジョージ・ヒックス 三一書房 1995:
 >日本滞在の長い研究者、英語版は海外でよく引用される・・・

とのことです。


(おそらく英訳もして)送ってくれた
    ↓
Les Oates氏は日→英翻訳のプロですが・・・


資料の80%は彼女に依存したと書いている
    ↓
「依存」ねぇ・・・


そのままクマワスワミ報告書の第24項に転記
    ↓
そのままなら第11項になりませんか? (前エントリー『どくしょのじかん 4』参照)


問題の追加部分はヒックスとユミ・リーの受け渡し段階で創作され、そのままクマワスワミ報告書の第24項に転記されてしまったと推定できる。
   ↓
できません!



秦先生は、脚注ばかりに目が行って、肝心の本文を丁寧に読むということを怠っているように思えます。わずか3パラグラフの英文を、たとえ「拾い読み」したとしても、これだけ事実誤認だらけにはなりません。他人の著作を批判するなとは言いませんが、しっかり読んでだうえで批判してください。アホウヨ以下です。それに、もう少し他人に対する敬意を払うべきでしょう。そうすれば「秦の論文、著書は見当たらぬ」なんてお嘆きになることも少しは減るかも・・・


この調子では、クマラスワミ報告書の解釈も歪曲・捏造だらけの悪寒がしますが、まずは事実無根の歪曲と捏造で、すっかりトンデモ本の作者にされてしまったジョージ・ヒックス氏の名誉回復のために、残りの部分も遠慮なく批判させていただきます。


つっか、まともに読んでないのがバレバレなんすけどw


*1:George L. Hicks, ed., Overseas Chinese Remittances from Southeast Asia, 1910-1940 (Singapore, 1993). Fukuda Shozo, With Sweat and Abacus. Economic Roles of Southeast Asian Chinese on the Eve of World War II (Singapore, 1995), edited by George L. Hicks.

*2:わたしの持っているのはアメリカのペーパーバック版なので、多少、ページ数のずれが生じます。