どくしょのじかん 13


今回から、しばらくは、秦郁彦氏が書いた以下2本の論文を取り上げることにした。

『「アジア女性基金」に巣喰う白アリたち』(『現代史の対決』2003年、文藝春秋に収録*1)[以下、『白アリ』と略す]

『「慰安婦伝説」−−その数量的観察』*2(「現代コリア」1999年1・2月合併号)[以下、『伝説』と略す]


秦氏は、『白アリ』の中で、『伝説』を書いた経緯を次のように述べている。

 この2年間、月に1回のペースで開催されるアジア女性基金資料委員会の席で、高崎[宗司]委員長から近く刊行する基金発行の論文集に寄稿を求められたのは[1998年]9月28日のことである。・・・引き受けて10月20日に事務局へ「<慰安婦伝説>を再考する−−その数量的観察」と題した30枚(図表4点、注19項目付)を提出した。
 慰安婦問題が発生してから7年偶然とはいえ初期段階から関わり、折々に論評を書いてきた私は、3年前から本格的な研究書にまとめる作業を始め、700枚の原稿を書き終わろうとしていた。


『白アリ』、106ページ、漢数字は算用数字で表記した(以下同様)。強調は引用者による。


この「本格的な研究書」とは、1999年に出版された『慰安婦と戦場の性』(新潮選書)であり、秦先生自身が同書をどう認識していたかを表す。つまり、同書の中で引用された"Composite Report on three Korean Navy Civilians List No. 78, dated 28 March 1945, "Special Questions on Koreans""も学術書としての引用をおこなったことを裏付けるものである。ご自身が「本格的な研究書」と書かれている以上、その引用が正確かどうかについて質問があった場合は、真偽を明らかにすることは専門家もしくは学者としての責務である。専門外の一般読者から質問があった場合も、真摯に応えるべきであろう。

それを指摘して、先を続ける。


「急な注文なので、・・・ここでは8項目の小見出しだけをかかげ」(『白アリ』、106ページ)た秦先生は、同時に、「多くの点で吉見理論と真向から対立するのはたしかだ。わかりやすくするため、前記の8項目のうち2−7を対照させつつ、吉見氏の主張を『従軍慰安婦』から抜いて」(『白アリ』、118ページ)おられるので、以下のように対比させてみた。

  秦郁彦氏の主張_________________ 吉見義明氏の主張(吉見書ページ)
(1) 慰安所には軍専用と軍民共用の2種があった。  
(2) 軍専用慰安所にいた慰安婦の総数は1万数千人。   慰安婦の総数は5万〜20万人(78ページ)。
(3) 慰安婦の民族別では内地人(日本人)が最多。   慰安婦の民族別では朝鮮人が最多(82ページ)。
(4) 戦地慰安所の生活条件は平時の遊廓と同レベルだった。   生活条件は日本国内の公娼制より悪く、性的奴隷。米軍捕虜となった慰安婦が悪くなかったと申し立てているのは、業者に頼まれたか、尋問官の認識不足のせいだろう(158ページ)。
(5) 慰安婦の95%以上が生還した。   本国に帰れなかった慰安婦は少なくなかった(212ページ)。
(6) 軍をふくむ官憲の組織的な<強制連行は>なかった。   自由意志でその道を選んだようにみえるときでも、実は植民地支配、貧困、失業など何らかの強制の結果(103ページ)。
(7) 主要各国の軍隊における性事情は第二次世界大戦の日本軍と相似している。   他が悪いことをやったから自分の悪行も許されるという論法はなりたたない(202ページ)。
(8) 慰安婦たちへの生活援護は、他の戦争犠牲者より手厚い。  
  『白アリ』、106〜107ページ   『白アリ』、118ページ


秦郁彦氏は、吉見義明氏を「国家補償派の理論的支柱」(『白アリ』、117ページ)とする一方で、ご自身の主張について「すでに2年間の資料調査委員会における歴史家たちの論議は、私の新たな所説にほぼ同調する空気になっていたと思う。」(白アリ、107ページ)と著述しているが、甚だ疑問である。


また、吉見義明著『従軍慰安婦』(1995年、岩波新書)からの引用であるが、(2)は79〜80ページ、(3)は82ページにその主旨の著述があるが、正確な引用はされていない。(4)については、一部そのように解釈できる文言があるが、これでは引用とはいえない。

(4)だと思われる部分を吉見義明氏の『従軍慰安婦』より引用しておくが、この本は、慰安婦問題に関心がある者にとっては必読の入門書なので、ぜひ、ご自分で手にとって、ご自分の目でご確認いただきたい。

 以上のような環境のもとで、軍慰安所の女性たちは、日々、日本軍の将兵から性的奉仕を強要されつづけていた。日本軍は、このような女性を大量に抱え込みながら、彼女たちを保護するための軍法を何もつくらなかったのである。事実上の性的奴隷制である日本国内の公娼制でも、18歳未満の女性の使役の禁止、外出・通信・面接・廃業などの自由を認めていたが、この程度の保護規定すらなかった。従軍慰安婦とは、軍のための性的奴隷以外のなにものでもなかったのである。


吉見書、158ページ。


従軍慰安婦 (岩波新書)

従軍慰安婦 (岩波新書)


白アリだらけでヤバくなってきたので、つづく・・・

*1:『諸君!』1999年2月号に『天皇訪韓を中止せよ!「アジア女性基金」に巣喰う白アリたち』の原題で掲載

*2:秦氏アジア女性基金に寄稿したが採用されなかった論文