どくしょのじかん Part 2 -その1-

コロコロ変わる著述

一人の元『慰安婦』の方が、複数の場所で証言したり講演したりした内容を比較し、それぞれの細かな食い違いを指摘することで証言の信憑性に疑義を呈する人たちがいる。例として、秦郁彦先生や西岡力先生をあげることができよう。


では、このお二方の著述は常に同じなのであろうか?
著作によって表現や主張が食い違ったりすることはないのだろうか?
そんな視点から、このお二方の著作を精読してみたいと思う。



1991年12月6日、韓国人元慰安婦3名を含む、韓国人の旧日本軍軍人・軍属とその遺族、計35名が日本政府への補償を求めて東京地裁に提訴した。1992年4月13日には、韓国人元慰安婦6名が原告に加わっている*1


秦郁彦先生は、この訴訟の原告訴訟代理人の代表である高木健一弁護士とのやりとりを次のように述べている(以下、強調は引用者)。

 思い起こせば、筆者が高木弁護士に問い合わせたのは[1992年]四月初めだが、韓国出張中と聞いて、数日後に電話をかけ直した。「第一次分の)三人の慰安婦は経歴から見て説得力が乏しいと思うが、他に適格者はいないのか」と聞くと、高木は「実は私もそう思っていたので、韓国へ出かけ探し直してきたところです。近く六人を追加します」と答えた。


秦郁彦昭和史の謎を追う[下]』、文藝春秋社、1993年、345ページ*2


秦先生がこの会話の内容を録音されていたのか、メモされていたのか、記憶されていただけなのかはわからないが、これと同じ状況についての別の著述がある。

 私がその頃、高木弁護士へ「もう少し説得力のある慰安婦はいないのか」と聞くと、「実は私もそう思って韓国へ探しに行ってきた。追加分は良いのばかりですよ」と言われたので、訴状で検分したが、似たりよったりなので失望したことがあった。


秦郁彦慰安婦と戦場の性』、新潮社、1999年、180ページ

秦先生がこの文章をいつお書きになったのかは不明だが、なぜ会話の内容が異なっているのかは意味不明である。ご自分が以前にお書きになった文章を確認されなかったのだろうか?


この会話について、西岡力先生が書かれた文章があるので、それらも引用してみたい。

西岡論文*3が雑誌に出た直後、現代史研究家の秦郁彦拓殖大学教授(当時)から電話をいただいた。慰安婦問題の真相に関心を持っている、済州島に行って吉田証言が正しいかどうか検証する、高木健一弁護士や吉田本人とも電話などで話を聞いているとのことだった。ちなみに高木弁護士は、秦教授が西岡論文がキーセン出身と書いた金学順さんについて、「もう少し説得力のある慰安婦はいないのか」と問いただすと、「実は私もそう思って韓国へ探しに行ってきた。追加分は良いのばかりですよ」と答えたという(秦郁彦慰安婦と戦場の性』新潮社、一九九九年)


西岡力『よくわかる慰安婦問題』、草思社、2007年、66ページ

秦先生は金学順さんだけに言及したのではないと思うが*4、西岡先生の引用は正確である。しかし、なぜか次の文章は表現がまったく異なっている。なお、西岡書の巻末にある「主要参考文献」には上掲の秦書2冊の書名があげられている。

秦郁彦さんが済州島に取材に行く前に私のところに電話がかかってきました。その時、金学順さんの弁護士である高木健一氏にも電話をして、「西岡さんがキーセンに売られた人だと書いているじゃないか」と言ったそうです。すると、高木は「あれは玉が悪かった」と言ったという。そして、「今、次のいいのを準備している」と言ったという。とんでもない話です。


西岡力『すべては朝日新聞の捏造から始まった』、月刊WiLL 2007年8月号増刊、80ページ、および、『いわゆる従軍慰安婦について歴史の真実から再考するサイト』の西岡力のページ

他人の言葉のわずかな食い違いにはひどく敏感なわりには、自分の言葉(ましてや盟友の言葉)の違いはあまり気にならない方のようである。このくらいのことであれば誰もが「やらかして」しまうレベルのものであるとも言えようが、高木弁護士に対する評価が下がるような著述に変わるあたりに、このお二方の本質や意図が垣間見える。


<付録>
上の文章の後に出てくる意味不明で醜悪な文章。

 思い出したくない自分の履歴を公開し、日本の反日運動家に利用され、批判され、それによって証言を変えると嘘をついているんじゃないか、と言われる。二重、三重に名誉を傷つけられ、引きずり回されたのが金学順さんなのではないかと思います。


西岡力『すべては朝日新聞の捏造から始まった』、月刊WiLL 2007年8月号増刊、80ページ、および、『いわゆる従軍慰安婦について歴史の真実から再考するサイト』の西岡力のページ

主語を明確にするべきでしょう。
勇気を振り絞って名乗りを上げた元『慰安婦』の方々の証言を批判し、証言が変わっていると嘘つきよばわりし、二重、三重に、名誉を傷つけたのは誰ですか?

*1:詳細はこちら「アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求事件」ハッキリニュースNO.61 日本の戦後責任をハッキリさせる会 - 2001.4.13

*2:『諸君!』1992年9月号の秦寄稿を再掲したもの

*3:「『慰安婦問題』とは何だったのか」、文藝春秋1992年4月号

*4:1992年12月6日時点の原告で、元慰安婦は、金学順さんと匿名のAさん、Bさんの3名